
社長、整備士の仕事で一番大変だった作業はどんなものでしたか?

部品を交換する作業よりも、交換が必要な部品を見つけ出す故障診断の方がずっと難しかったよ。
原因が分かっていれば、マニュアル通りに部品を交換できる。でも、故障診断ではまず「なぜこの症状が起きているのか」を突き止めることが大事だ。

症状が出たり消えたりする故障は、本当に厄介ですね。

そうなんだ。
お客様が乗っている時には異音がしていたのに、整備工場に入庫すると鳴らないことがある。雨の日や寒い季節など、特定の条件でしか症状が出ない場合もある。
車の故障には、部品の破損や摩耗など、目で見て分かるものがあります。
一方で、症状が一時的に現れる故障や、複数の部品が関わる故障は、点検を始めてもすぐに原因が分かるとは限りません。
診断機にDTCが記録されていても、表示された内容に関連する部品を交換すれば、必ず直るわけではありません。また、不具合が発生していても、DTCが記録されない場合があります。
今回は、整備士として特に苦労した「症状が再現しない故障」と「診断機に異常が表示されない故障」を振り返りながら、故障診断で何を確認する必要があるのかを考えます。
故障診断は、壊れた部品を交換するだけではない
車から異音がする。エアコンが冷えない。エンジンチェックランプが点灯した。
お客様から症状を聞いた整備士は、すぐに部品交換を始めるわけではありません。
まず、いつ、どこで、どのような条件で症状が発生するのかを確認します。
- エンジンが冷えているときか、温まった後か
- 停車中か、走行中か
- どのくらいの速度で発生するのか
- 加速中、減速中、旋回中のどこで起きるのか
- 晴天時か、雨天時か
- エアコンや電装品を使用しているか
- 毎回起きるのか、ときどきしか起きないのか
同じ「異音がする」という訴えでも、発生条件によって点検する場所は変わります。
故障診断では、症状を確認し、考えられる原因を挙げ、点検や測定によって一つずつ可能性を消していきます。
部品交換は、その先にある作業です。
例えば、ヘッドライトが点灯しない車を見て、すぐに「バルブ切れだ」と判断するのは危険です。
バルブ自体が切れているのか、バルブまで正常に電気が届いているのかを確認することも、整備士の大切な仕事だからです。
ヒューズやリレー、配線、コネクターなどに原因があれば、バルブを交換しても直りません。
交換は簡単でも、交換する部品を見つける診断は難しいものです。
走行中の異音診断は難しい
お客様から、
「走行中に変な音がする」
と相談を受けることがあります。
ところが、整備士が試運転しても音が出ない。リフトアップしてタイヤや足回りを確認しても、明らかな異常が見つからない。
このような故障診断は、整備士を悩ませます。
異音といっても、原因は一つではありません。
タイヤやハブベアリング、ブレーキ、サスペンション、エンジン、排気系統、車体の内装など、さまざまな場所から音が発生する可能性があります。
また、お客様が「ガラガラ」と表現した音を、整備士は「カタカタ」と感じることもあります。音の表現だけで、発生場所や原因を特定することは困難です。
そのため、次のような条件を詳しく聞く必要があります。
- 音は車の前後左右、どのあたりから聞こえるか
- 直進中と旋回中のどちらで発生するか
- 路面の凹凸を通過したときに鳴るか
- ブレーキを踏むと変化するか
- 速度やエンジン回転数によって変化するか
- 冷間時と暖機後で違いがあるか
可能であれば、お客様に同乗してもらい、普段症状が出る道路や運転条件を再現する方法もあります。
異音が確認できても、必ずしも部品の故障や交換が必要とは限りません。
ある日、お客様から「走行中、スライドドア付近から音がする」と相談を受けました。
確認すると、確かに音はしていましたが、車の構造上、多少は発生し得る範囲のものでした。それでも、お客様が気になっている以上、そのままにはできません。スライドドアの建付けを調整し、異常や安全上の問題がないことも丁寧に説明しました。
整備士の仕事は、工具で車を直すことだけではありません。車の状態を正しく伝え、お客様の不安を取り除くこともあります。
あのとき私は、工具ではなく、言葉で車を直したのかもしれません。
雨の日や寒い時期にしか症状が出ない
車の不具合には、気温や湿度、雨などの影響を受けるものがあります。
例えば、雨の日にだけ電装品の調子が悪くなる場合は、水分の浸入やコネクターの接触不良などを疑う必要があります。
寒い朝にだけエンジンがかかりにくい場合も、バッテリーだけが原因とは限りません。気温が上がって症状が消えてしまえば、入庫時の点検では正常に見えることがあります。
樹脂やゴム、金属部品は、温度によって硬さや寸法がわずかに変化します。そのため、寒い時期だけ異音が出たり、エンジンが温まると症状が消えたりすることもあります。
このような故障では、現在の状態だけでなく、症状が発生したときの環境を確認することが重要です。
- その日の気温や天候
- エンジン始動から症状発生までの時間
- 車を屋外に置いていたのか
- 雨の直後や洗車後ではなかったか
- 長時間駐車した後に発生したのか
整備工場内で何度確認しても症状が出ない場合は、車を一晩預かり、翌朝の冷えた状態から点検することもあります。
「あ、この音がそうか!」
症状を確認できた瞬間、ようやく本格的な故障診断を始められます。
整備現場での実体験
L350S型タントで、気温が低いときに足回りから「カタカタ」「コトコト」という異音が出る車がありました。
足回りのゴム部品は経年劣化しており、低温による硬化も異音に影響していると考えられました。しかし、さらに点検すると、ロアアームのボールジョイントブーツが破れ、内部の摩耗によってガタが生じていました。
私が整備を担当した同型・同年代の車では、足回りのゴム部品が劣化している例を何度か経験しています。
寒いときだけ目立つ異音でも、ゴムの硬化だけと決めつけず、ボールジョイントのガタやブーツの状態まで確認することが重要です。ボールジョイントの著しい摩耗は走行安全にも関わるため、単なる異音として放置はできません。
限られた条件でしか起きない故障では、故障箇所を探す前に、症状が発生する環境を再現することが必要でした。
エアコンが冷えない原因はガス不足だけではない
エアコンの故障は、症状が現れる条件によって診断が難しくなることがあります。
お客様から「エアコンが冷えない」と相談を受けても、入庫して点検すると正常に冷えている場合もあれば、最初からコンプレッサーが作動していない場合もあります。
詳しく話を聞くと、次のような条件でだけ症状が出ていることがあります。
- 気温が高い日に冷えにくい
- 走行中は冷えるが、停車すると冷えなくなる
- 長時間使用すると冷風が出なくなる
- エンジン始動直後は冷えるが、途中から効かなくなる
- 症状が出たり戻ったりする
エアコンが冷えない原因は、冷媒不足だけではありません。
コンプレッサー、冷却ファン、センサー、リレーや配線など、複数の部分が関係する可能性があります。症状によっては、エアコン以外の車両側の制御も確認しなければなりません。
そのため、冷媒を補充するだけで直ったと判断するのではなく、圧力や吹き出し口温度、ファンの作動状態、症状が発生する条件などを確認する必要があります。
整備現場での実体験
MH23S型ワゴンR(走行距離約8万km)で、エアコンから冷風が出ない車を点検したことがあります。
A/Cを作動させても、コンプレッサーのマグネットクラッチがまったく入りませんでした。電源系統や作動条件を確認したうえで診断を進めた結果、マグネットクラッチのコイル不良と判明しました。
今回はコンプレッサーを一式交換し、当時の修理費用は約10万円でした。エアコンが冷えないからといって、必ずしもガス不足とは限りません。

エアコンが冷えない原因は一つではありません。どのような条件で冷えなくなるのかを整備士へ伝えることが、原因を見つける手掛かりになります。
エアコンが冷えない原因や、修理を依頼するときに伝えてほしい症状については、次の記事で詳しく解説しています。
チェックランプが点灯しなくても故障していることがある
診断機は故障診断に欠かせない道具ですが、車に不具合があれば必ずDTCが記録されるとは限りません。
部品が正常に働いていなくても、ECUが異常と判定する条件を満たしていなければ、エンジンチェックランプが点灯しない場合があります。
反対に、DTCが記録されていても、表示された部品そのものが故障しているとは限りません。
DTCは「交換する部品を教える答え」ではなく、車の中で何が起きているのかを調べるための手掛かりです。
- 配線の断線や短絡
- コネクターの接触不良
- 電源やアースの不具合
- 別の部品の異常による数値の変化
- 吸気漏れなどによる制御範囲の逸脱
- 一時的な電圧低下
こうした原因によって、結果としてセンサーの信号が正常範囲を外れている場合もあります。
DTCだけを見て部品を交換し、いったんチェックランプを消去しても、原因が残っていれば再び点灯します。
整備現場での実体験
初代フィット(GD1)では、エンジンチェックランプが点灯していないにもかかわらず、イグニッションコイルが故障している車を何度か経験しました。
GD1の1.3Lエンジンには、1気筒につき2本のスパークプラグを使用するi-DSIが採用されています。そのため、4気筒エンジンでありながら、スパークプラグとイグニッションコイルがそれぞれ8本使用されています。
一部のイグニッションコイルが正常に働かなくても、エンジンがまったく動かなくなるとは限らず、チェックランプが点灯しないこともありました。
このような場合、診断機にDTCが記録されていないという理由だけで「異常なし」と判断することはできません。実際のエンジン状態を確認し、スパークプラグやイグニッションコイルなどを一つずつ点検する必要があります。
この経験から、診断機に表示される情報だけでなく、実際に起きている症状から原因を考えることの重要性を学びました。
この経験から、診断機に表示される情報だけでなく、実際に起きている症状から原因を考えることの重要性を学びました。
故障診断では、お客様から聞く情報も重要だった
症状が再現しない故障では、お客様から聞く情報が診断の大きな手掛かりになります。
しかし、お客様は整備士ではありません。
部品名や専門用語を知らなくても当然です。そのため、整備士側が答えやすい質問をする必要があります。
「いつからですか?」
だけではなく、
「朝一番の始動時ですか、それとも走行後ですか?」
「音が出るのは直進中ですか、ハンドルを切ったときですか?」
「雨の日やエアコンを使用したときに変化しますか?」
と条件を分けて尋ねることで、症状を整理しやすくなります。
最近では、異音や警告表示をスマートフォンで撮影してもらうことも、症状を確認する手掛かりになります。ただし、運転者自身が走行中に撮影するのは危険です。安全な場所へ停車してから記録するか、同乗者に撮影してもらう必要があります。
故障診断は、整備士だけで完結するものではありません。
お客様が感じた変化を正確に聞き取り、整備士が点検できる条件へ置き換えることも、診断の一部でした。
部品を交換する前に、原因を確かめる
経験が少なかった頃の私は、早く原因を見つけなければならないという焦りから、一つの可能性に決めつけてしまうことがありました。
しかし、故障診断で必要なのは、最初から正解を当てることではありません。
症状が発生する条件を確認し、点検結果を記録し、可能性を一つずつ切り分けることです。
原因を確かめないまま部品を交換すれば、修理費用が増えるだけでなく、お客様からの信用も失います。
反対に、症状が再現しないからといって、すぐに「異常なし」と結論づければ、お客様が感じている不具合を見落とすことになります。

故障診断では、工具を使う技術だけでなく、話を聞く力や、条件を整理する力も必要ですね。

そうだな。
部品交換の速さだけでは、整備士の力は測れない。
症状が出ないときに、何を確認し、どのように原因へ近づいていくかが大切なんだ。

それでも原因が分からない場合は、どうしていたのですか?

一人で抱え込まず、先輩に相談したよ。
整備書や配線図を確認し、過去の修理事例も調べる。それでも分からなければ、症状が再現するまでお客様に時間をもらうことも必要だった。
分からないのに、分かったふりをして部品を交換する方が危険だからね。
故障診断で重要なのは、すぐに部品を交換することではありません。
症状が発生する条件を再現し、得られた情報から原因を一つずつ切り分けることです。
整備士として経験を重ねるなかで、私は「分からないことを認め、確認を続けること」も技術の一つだと学びました。



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