
社長、退職願を引っ込めて現場へ戻ってから、すぐに仕事ができるようになったんですか?

いや。職場に戻っただけで、自信まで戻ったわけではなかったよ。

では、何が変わるきっかけになったんですか?

点検や車検整備を一台ずつ経験して、できないことを減らしていったんだ。
リコール作業が続いたことも、大きかったね。
二級自動車整備士の資格を取得してディーラーへ入社したものの、作業ミスと売り上げへのプレッシャーに耐えられず、私は入社からわずか4か月で退職願を提出しました。
しかし、本社で「とりあえず1年間続けてみろ」と言われ、退職願を引っ込めて現場へ戻ります。
自信を取り戻したわけでも、急に整備ができるようになったわけでもありません。それでも、点検や車検整備、エンジンやトランスミッションを取り外す重整備を一台ずつ経験するうちに、少しずつ仕事の流れが見えるようになりました。
今回は、何もできなかった新人整備士が、反復作業を通じて重整備を任され、作業時間まで意識できるようになるまでを振り返ります。
退職願を引っ込めても自信は戻らなかった
退職願を引っ込めた私は、もう一度整備現場へ戻りました。
ただし、「これから整備士として頑張っていこう」と前向きな気持ちになれたわけではありません。
まずは1年間続けてみる。
当時の私にあったのは、それだけでした。
一度は辞めると伝えた職場へ戻ることには、気まずさもありました。周囲からどう見られているのかも気になりました。
作業が急に上達するはずもなく、分からないことがあれば手が止まり、先輩へ確認する日々が続きました。
それでも、以前と同じままでは何も変わりません。失敗した作業は、次に同じ車が入庫したときに繰り返さないよう意識しました。
できなかったことを一つずつ覚える。それが、現場へ戻った私にできる唯一のことでした。
点検と車検整備で基本を身につけた
仕事を続けるうちに、オイルやバッテリーの交換だけでなく、定期点検や車検整備も任されるようになりました。
点検では、決められた項目を確認するだけでは足りません。
ブレーキやタイヤ、各種オイル、ベルト類、下回りなどを確認し、現在の状態から整備が必要かどうかを判断します。異常が見つかれば、どの部品を交換し、どのような手順で作業するのかも考えなければなりません。
作業後の確認にも神経を使いました。
ホイールナットは、トルクレンチを使って規定トルクで締め付ける。エンジンオイルを交換した後は、ドレンボルトの締め忘れがないかを確認する。
新人だった私は、作業を終えた後も「本当に締めたか」と不安になり、何度も確認することがありました。
なかでも、強く緊張したのが、当時「分解整備」と呼ばれていた作業です。現在の制度では、従来の分解整備に該当する作業も「特定整備」に含まれています。
当時、私が扱っていた車種には、リヤブレーキにドラムブレーキを採用した車が多くありました。
ブレーキドラムを取り外す作業は、当時の分解整備に該当します。ドラムを外して内部の状態を確認し、必要に応じてアジャスターをマイナスドライバーなどで回し、ブレーキシューとドラムの隙間を調整します。
手順を理解した今では、特別に難しい作業とは感じません。もちろん、人の安全に直結する重要な作業であることに変わりはありません。
しかし、新人だった私にとっては、ブレーキドラムを取り外すだけでも大きな緊張がありました。
「自分が整備した車のブレーキが、走行中に効かなくなったらどうしよう」
そんな不安が頭をよぎり、作業手順や組み付けた状態を繰り返し確認していました。
新人だった頃は、点検項目を追うだけでも精一杯でした。
一つ確認するたびに次の項目を考え、必要な工具を取りに戻る。部品を外してから、別の作業を先に済ませておけばよかったと気づくこともありました。
一方、先輩の作業には無駄な動きがありませんでした。点検を始める前から必要な工具を準備し、複数の作業を効率よく進めています。
私は先輩の動きを見ながら、作業の順番や工具の置き方を覚えていきました。
一台の車を最初から最後まで担当する経験を重ねるうちに、点検、部品交換、復元、完成確認までの流れが少しずつつながるようになりました。
エンジンやトランスミッションを取り外す重整備へ
点検や車検整備を重ねると、次第にエンジンやトランスミッションを取り外す重整備にも関わるようになりました。
初めて重整備を目の前にしたときは、本当に元の状態へ戻せるのか不安でした。
エンジンやトランスミッションには、配線、ホース、配管、マウントなど、多くの部品が接続されています。何も考えずに外してしまえば、復元するときに接続位置や組み付ける順序が分からなくなります。
実際に、センサーの配線を外し忘れたままトランスミッションを降ろし、引っ張られた配線を断線させてしまったことがありました。
大きなトランスミッションを降ろすことに気を取られ、まだ接続されている部品がないかを十分に確認できていなかったのです。
この失敗によって、重整備では一つの見落としが、別の部品の破損につながることを思い知らされました。
取り外したボルトや部品をどこに置くのか。どの順番で作業を進めるのか。降ろす前に、接続されたままの配線やホースが残っていないか。復元後に何を確認するのか。
簡単な作業では意識していなかった段取りと確認の重要性を、重整備を通じて知りました。
最初は先輩に確認しながら進め、作業のたびに時間がかかりました。それでも、一度経験した工程は、次の作業で思い出せるようになります。
大きな部品を取り外した車が再び組み上がり、問題なくエンジンが始動したときには、オイル交換やタイヤ交換とは違う達成感がありました。
リコール作業が技術を身につける転機になった
私の技術力が大きく伸びるきっかけになったのが、勤務先で行われたリコールなどの改修作業でした。
私が担当した作業には、エンジン内部のバルブスプリングやピストンリングに関するもの、トランスミッション内部のアクチュエーターを分解するものなどがありました。
なかには、エンジンやトランスミッションの脱着、内部部品の分解を伴う作業も含まれていました。
通常の重整備では、毎日同じ作業を経験できるわけではありません。リコールなどの改修作業では、同じ内容の作業を複数台続けて担当することがあります。
最初の一台は、先輩へ確認しながら慎重に進めました。
どの工具を使うのか。どの順番で部品を外すのか。取り外した部品をどこに置くのか。確認しながら進めるため、一つひとつの工程に時間がかかります。
しかし、二台目、三台目と同じ作業を繰り返すうちに、少しずつ全体の流れを覚えていきました。
次に外す部品が分かるようになり、必要な工具も先に準備できる。取り外したボルトや部品も、復元する順番を考えて並べられるようになりました。
あるリコール作業では、当時の職場で「一日に3台程度が限界」と言われていました。しかし、作業に慣れてくると、私は一日に4〜5台を担当することもありました。
ただし、リコール作業だけに集中できたわけではありません。通常の車検や点検、一般整備も並行して担当していたため、すべての作業が終わる頃には日付が変わっていることも珍しくありませんでした。
短期間に同じ作業を何度も経験できたことは、技術を身につけるうえで大きな助けになりました。一方で、それは長時間の作業を伴う、体力的にも厳しい環境のなかで得た経験でもありました。
短期間にこれほど多くの重整備を経験したのは、このときが初めてでした。一方で、それは長時間の作業を伴う、体力的にも厳しい環境のなかで得た経験でもありました。
同じ内容だからこそ、前回時間がかかった工程や、無駄な動きも振り返ることができます。正確に作業することを前提に、次はどうすれば少し早く進められるかを考える余裕も生まれました。
同じ作業を何度も経験できたことは、新人だった私にとって、非常に実践的な訓練になりました。
それまで点として覚えていた知識や作業手順が、少しずつ一つの流れとしてつながり始めたのです。
入社から1年、「整備士らしくなった」と言われた
リコール作業を繰り返すうちに、作業の正確さだけでなく、段取りや作業時間にも少しずつ余裕が生まれてきました。
そんな私に、ある日上司がこう言いました。
「整備士らしくなってきたな」
その言葉が、私はものすごくうれしかったのを覚えています。
入社から4か月で退職願を書き、自分は整備士に向いていないと思っていた私が、上司から初めて成長を認めてもらえたように感じたからです。
そう言われたのは、入社してから間もなく1年を迎えようとしていた頃でした。
本社で退職を引き止められたとき、私が決めた目標は「まずは1年間続けてみる」ことでした。
自信があったわけではありません。整備士として一人前になれるとも思っていませんでした。ただ、4か月で向いていないと決めるのは早いと思い、もう一度現場へ戻りました。
あれから約8か月。
点検や車検整備、重整備、リコール作業を経験するなかで、私は少しずつ変わっていたのだと思います。
まだ一人前の整備士とはいえません。それでも、入社した頃のように、分からないたびに立ち止まるだけではなくなっていました。
作業を始める前に全体の流れを考え、自分なりに段取りを組み、最後まで責任を持って車を仕上げる。
ようやく私は、整備士としての仕事の進め方を身につけ始めていました。
今、新人整備士に伝えたいこと
新人の頃に作業が遅かったり、失敗が続いたりすると、自分は整備士に向いていないのではないかと思うことがあります。
私もそうでした。
もちろん、同じミスを何度も繰り返してよいわけではありません。分からないまま作業を進めれば、お客様の車を傷つけたり、安全に関わる問題を起こしたりする可能性があります。
大切なのは、分からないときに確認し、失敗した原因を振り返り、次の作業で修正することです。
最初から作業が速い人と比べるより、昨日の自分より一つでもできることが増えたかを見る。その積み重ねが、やがて技術になります。
一方で、新人の成長には本人の努力だけでなく、質問できる環境や、段階に応じて仕事を任せる教育も必要です。
私が新人や後輩へ教える立場になってからは、自分が新人だった頃の失敗を思い出しながら伝えるようになりました。

失敗しなくなったから、整備士らしくなったんですか?

いや。その頃も失敗はしていたよ。
ただ、失敗した原因を考えて、次の作業に生かせるようになってきたんだ。

作業の速さも、経験を重ねれば身につきますか?

まずは正確に作業することだね。
速さは、同じ作業を正確に繰り返した先についてくるものだから。
整備士として働き始めた私を待っていたのは、技術だけでは乗り越えられない現場の厳しさでした。
第4話へ進む前に、人手不足や責任、人間関係、そして車の仕事を続ける意味について、特別編で振り返ります。



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