
資格を取得して就職したら、すぐに整備の仕事を任せてもらえるんですか?

整備士として採用されても、最初から本格的な整備を任せてもらえるとは限らない。
それに、資格を持っていることと、実際に作業ができることは別なんだ。

学校で実習もしているのに、ですか?

学校ではできても、現場では同じようにいかなかった。
時間も責任も、お客様の車を扱う緊張感も違ったからね。
二級自動車整備士の資格を取得し、国産車ディーラーへ就職した私は、ようやく整備士として働けると思っていました。
しかし、最初に任されたのは洗車と車内清掃でした。工具の購入、作業の失敗、売り上げへのプレッシャーにも直面し、入社からわずか4か月で退職を考えることになります。
今回は、資格を取得したばかりの私が、整備現場で思い知らされた知識と経験の差を振り返ります。
入社後、初めて任されたのは洗車と車内清掃だった
入社後、私が最初に任されたのは洗車と車内清掃でした。
当時は、来店したお客様の車を無料で洗車して返すことが、当たり前のように行われていました。
ある日、上司からこう聞かれました。
「お前は今、売り上げを上げるために何ができる?」
私は、自分に任されている仕事を思い浮かべて答えました。
「洗車です」
すると、上司から返ってきたのは厳しい言葉でした。
「お前は、洗車もまともにできないよな」
当時の私は、その言葉の意味が分かりませんでした。
洗車しか任されていないのに、その洗車まで否定されたら、自分は何をすればよいのか。そもそも、整備士として入社したのに、なぜ売り上げのことを考えなければならないのか。その理由も理解できていませんでした。
しかし、働き続けるうちに、洗車や車内清掃は単なる無料サービスではなく、お客様との接点をつくる役割もあることに気づきました。
整備士には車の状態を確認し、エンジンオイルやバッテリー、タイヤなどに交換の必要があれば、その理由を説明して整備を任せてもらう役割もあります。
当時の私は、まだ技術力で会社に貢献できる段階ではありませんでした。
それでも会社で働く以上、「今の自分に何ができるのか」を考えなければなりません。
上司がなぜ新人の私に売り上げのことを聞いたのか。その意味は、整備作業を任されるようになってから、少しずつ分かるようになりました。
必要な工具は自分で購入する
洗車や車内清掃を続けるうちに、エンジンオイルやバッテリーの交換など、比較的簡単な作業を任されるようになりました。
しかし、ここで新たな壁にぶつかります。
作業に必要な工具を持っていなかったのです。
整備工場には、必要な工具がすべて用意されていると思われるかもしれません。しかし、当時の職場では、整備士が日常的に使う工具を自費でそろえることが当たり前でした。
当時の購入価格で、オイル交換などに使うメガネレンチのセットは約1万円、ソケットやラチェットのセットは約7万円。ホイールを効率よく取り外すためのインパクトレンチは、約8万円しました。
私は工具の大半をSnap-on(スナップオン)でそろえました。
品質の高い工具であることは確かですが、正直なところ、新人が無理をしてまで高価な工具をそろえる必要があるのか、疑問に感じることもありました。
しかし、少なくとも当時の私の周囲には、「高価な工具を持つことがプロの整備士の証し」というような空気がありました。
さらに、ドライバーやプライヤー、トルクレンチなども必要です。工具を収納する工具箱も約20万円し、私はローンを組んで購入しました。
ここまでに挙げたものだけでも、合計は約36万円です。入社したばかりの私にとって、決して小さな出費ではありませんでした。
最初からすべてを購入することはできなかったため、しばらくは先輩から工具を借り、給料が入るたびに少しずつ買いそろえていきました。
その先輩は、これまでに100万円ほどかけて工具をそろえたと話していました。
整備士として働くには、知識や資格だけでなく、自分で仕事の道具を用意するためのお金も必要になる。その現実を、私は入社してから初めて知りました。
資格があっても現場では通用しなかった
工具を少しずつそろえると、オイル交換やタイヤ交換など、比較的簡単な作業を任される機会が増えていきました。
しかし、工具を持っていることと、作業ができることは別でした。
専門学校の実習では、一つひとつ手順を確認しながら作業できました。しかし現場では、限られた時間の中で、お客様の車を確実に仕上げなければなりません。
先輩が短時間で終わらせる作業にも、私は何倍もの時間がかかりました。分からないことがあるたびに手が止まり、その都度先輩へ確認しなければ先へ進めません。
失敗も少なくありませんでした。
オイル交換では、抜いたオイルを受け皿へうまく入れられず、全身に廃油を浴びたことがあります。タイヤ交換では、作業中にアルミホイールを傷つけてしまったこともありました。
今では当たり前にできる作業でも、新人だった私には、工具の使い方や力のかけ方、車を傷つけずに作業するための注意点が身についていませんでした。
なかでも、私が最も苦手としていたのが故障診断です。
エンジンがかからない場合でも、考えられる原因は一つではありません。バッテリーや燃料、点火装置、各種センサーなど、さまざまな可能性を一つずつ確認する必要があります。
専門学校の試験では、問題の中に必要な情報があり、そこから答えを導き出せました。しかし、実際の故障車には答えが書かれていません。
なぜエンジンがかからないのか。どこから調べればよいのか。どの部品やセンサーに異常があるのか。
知識として部品の役割を覚えていても、それを目の前の症状と結びつけ、故障の原因を探し当てることには苦労しました。
私はこのとき、資格試験に合格するための知識と、現場で故障を見つけるための力は同じではないことを知りました。
資格を持っていても、現場ではまだ何もできない。
学校で身につけた知識を、実際の作業で使える技術に変えていくことが、新人整備士だった私の次の課題になりました。
整備士にも求められた「売り上げ」
整備士の仕事は、車を点検したり、壊れた部品を交換したりするだけではありませんでした。
会社からは、消耗品をお客様へ提案し、売り上げや工賃を増やすことも求められました。
バッテリー、タイヤ、ATF、エンジンオイル添加剤など、さまざまな商品を勧めるように指示されました。
必要な部品を、理由を説明したうえで提案することは、整備士の大切な仕事です。
しかし、新人だった私は、商品の必要性や効果を十分に説明できるほどの知識も、自信も持っていませんでした。
それでも、売り上げは数字として求められます。
従業員ごとの実績は紙にまとめられ、会社の会議室に貼り出されていました。
誰がどれだけ売り上げたのか、一目で分かる状態です。
売り上げの低い従業員に対する周囲の目は厳しくなり、仕事を任されにくくなるような空気もありました。
整備そのものは楽しい。
自分が点検・整備したことで車の調子が良くなり、お客様に安心して乗ってもらえることには、やりがいを感じていました。
一方で、苦手な作業と営業ノルマは、私にとって大きな負担でした。
入社からわずか4か月で退職を決意
作業ミスが目立ち、営業ノルマも達成できない。
入社した頃は優しかった先輩たちも、次第に私を見る目が変わってきたように感じました。
「自分は整備士に向いていないのではないか」
「このまま続けても、周囲に迷惑をかけるだけではないか」
そう考えるようになり、私は入社からわずか4か月で退職を決意しました。
退職の意思を伝えると、上司からは、
「止めはしない。ただ、小さなミスを気にしていたら、ほかの会社でも通用しない」
と言われました。
その後、私は退職願を提出するため、本社へ向かいました。
本社でも、同じようなことを言われました。
ただし、そこで初めて引き止められました。
「とりあえず、1年間続けてみろ」
そう言われたとき、私は思いました。
ミスを繰り返し、売り上げも低い。それでも、自分を引き止めてくれる人がいる。
少なくとも、まだ完全に見放されたわけではないのかもしれない。
整備士に向いているかどうかを、わずか4か月で決めるのは早いのかもしれない。
私は退職願をいったん引っ込め、もう一度現場に戻ることを決めました。
まずは1年間、続けてみる。
それが、新しい目標になりました。
整備士を取り巻く環境は変わり始めている
ここまで書いてきた内容は、私が新人時代に勤めていた職場での体験です。
すべての整備工場に当てはまる話ではありません。
当時の私の周囲では、仕事に使う工具を自費でそろえ、先輩の作業を見ながら技術を覚えることが当たり前でした。
厳しい言葉や売り上げへの強いプレッシャーも、「仕事なのだから仕方がない」と受け止められていたように思います。
しかし現在は、整備士不足が深刻になるなか、人材を確保して長く働いてもらうため、待遇や教育方法、職場環境を見直す必要性が以前より強く認識されています。
国土交通省も、整備士の人材確保に向けて、休暇、作業環境、やりがい、待遇などの改善を課題として挙げています。
一方、2026年現在も、高度な技能を持つ整備士の不足は続いています。
もちろん、工具をどこまで会社が用意するのか、どのように新人を教育するのか、売り上げ目標をどう扱うのかは、現在も会社によって異なります。
昔と比べて整備士を取り巻く環境は変わり始めていますが、すべての職場が改善されたわけではありません。
だからこそ、これから整備士を目指す人には、仕事内容や給料だけでなく、工具購入の負担、教育体制、評価方法なども就職前に確認してほしいと思います。

社長も、入社して4か月で辞めようとしたんですね。

そうだよ。退職願まで書いた。

そこまで辞めたかったのに、どうして戻ったんですか?

本社で「とりあえず1年やってみろ」と言われたからだよ。
自信が戻ったわけじゃない。ただ、4か月で向いていないと決めるのは早いと思ったんだ。

それで、まずは1年だけ続けようと。

そんな感じだったよ。
あの頃は、その後も整備士を続けることになるとは思っていなかったけどね。
私が「まずは1年間続ける」と決めた先には、整備士人生を大きく変える転機が待っていました。
次回は、現場へ戻った私に起きた出来事を振り返ります。


