
社長、昔の整備士には、厳しい売り上げ目標があったと聞いたのですが、本当ですか?

少なくとも、私が当時勤めていた職場にはあったよ。
バッテリーやタイヤ、エアコンフィルター、エンジンオイル添加剤など、さまざまな商品をお客様へ提案するよう求められていた。

車の状態を確認して、必要な部品の交換を勧めることは、整備士の大切な仕事だと思います。
でも、売り上げ目標が先に立てば、まだ交換を急がなくてもよい部品まで勧めることになりませんか?

その境界が難しかったんだ。
お客様の安全や車の状態を考えて提案することと、販売実績を上げるために商品を勧めることは、外から見れば同じように見える。
でも、整備士が何を優先していたかによって、意味は大きく変わる。

必要性を十分に説明しないまま交換を勧めれば、整備士に対する信用を失うことにもなります。

そのとおりだ。
現在は、少なくとも私が知る現場では、以前よりも法令遵守やコンプライアンスが重視され、車の状態や交換理由をきちんと説明することが求められるようになった。
ただ、会社として売り上げが必要であることに変わりはない。そのなかで、整備士がどのように商品を提案するのかは、今でも大切な問題だと思う。

社長が当時、どのような目標を課され、何を考えながら商品を勧めていたのか、聞かせてもらえますか?

構わないよ。
六車ガレージでは、必要性のない整備を売り上げのために勧めるつもりはない。
だからこそ、必要な整備を提案することと、数字だけを追いかけることの違いを、当時の経験から話しておこう。
自動車整備士の仕事は、車を点検し、故障した部品を交換することだけではありません。
整備工場やディーラーで働く以上、お客様へ必要な整備を提案し、会社の売り上げに貢献することも求められます。
私が整備士として働いていた当時も、バッテリーやタイヤなどの販売目標があり、従業員ごとの実績が目に見える形で管理されていました。
今回は、整備士にも求められた売り上げ目標と、必要な整備の提案と販売ノルマの間で感じた葛藤について振り返ります。
整備士一人に課せられていた1か月の販売ノルマ

実際には、1か月にどれくらい販売するよう求められていたのですか?

キャンペーンなどによって変わるが、当時、整備士一人に設定されていた主な販売ノルマは、おおむね次のとおりだった。
- バッテリー:10個
- タイヤ:20本
- オイル添加剤:10本

タイヤ20本は、4本セットで考えても月に5台分になる。それに加えて、バッテリー10個とオイル添加剤10本も販売しなければならなかった。

点検や車検では、交換を提案すべき部品を見積書へ記載し、実際に車を点検した整備士がお客様へ状態や交換理由を説明するんだ。

実際に点検した整備士から説明を受ければ、お客様も納得しやすそうですね。

そうだな。整備士が直接説明すること自体は、お客様に車の状態を正しく理解してもらうためにも必要だ。
ただ、販売数が先に意識されると、本当に交換が必要なのかを考える前に、「どうすれば売れるか」という発想になりやすい。

私が悩んだのは、売り上げを求められる立場と、お客様に必要な整備だけを提案したいという考えの間で、どう折り合いをつけるかだった。
※ここで紹介した数字は、当時の勤務先で整備士一人に設定されていた目標です。会社、店舗、時期、キャンペーンなどによって内容は異なり、現在の販売制度を示すものではありません。
バッテリーは重点販売商品だった

なぜバッテリーの販売が重視されていたのか
当時の勤務先では、バッテリーは売り上げと利益を確保しやすい商品として、重点的に販売を求められていました。理由の一つは、本体の売り上げに加えて、交換工賃も発生するからです。
ただし、実際の仕入れ価格や利益率は、メーカー、製品、仕入数量、会社の取引条件によって異なります。そのため、「バッテリーは必ず利益率が高い」と一律にいうことはできません。
また、バッテリーはテスターを使って状態を数値で示しやすく、お客様へ交換理由を説明しやすい商品でもありました。
エンジンが始動しなくなれば車を動かせなくなるため、劣化を指摘されたお客様が、その場で交換を希望することもあります。
車種によっては、バッテリー交換後に車両システムの初期設定や確認作業が必要になる場合もあります。
一方で、テスターの判定だけを理由に、すべてのバッテリーを直ちに交換しなければならないわけではありません。
使用年数、始動時の状態、電圧、使用環境なども確認し、交換を急ぐ必要があるのか、しばらく経過を見られるのかを説明する必要があります。
緊急性を強調するだけでなく、測定結果、交換理由、費用、ほかの選択肢を示したうえで、お客様に判断してもらうことが整備士の役割だと私は考えています。
バッテリー交換をどのように勧めていたのか
ディーラーでは、お客様の来店日や、そのときの走行距離などが整備履歴として記録されていました。
私は過去の記録を確認し、前回の来店からどの程度走行しているのかを、バッテリー点検を提案する判断材料の一つにしていました。
例えば、半年前に来店してから1,000kmほどしか走行していない場合です。
走行距離が少ないだけで、バッテリーが劣化しているとは判断できません。しかし、短い距離の運転が中心であれば、エンジン始動に使った電力を十分に充電できていない可能性があります。
そこで、お客様へ次のように声をかけていました。
「前回のご来店から、あまり走行距離が増えていないようです。短距離の運転が多い場合は、バッテリーが十分に充電されていないことがあります。一度、状態を点検してみませんか?」
点検を依頼されていない場合は、実施する前に内容を説明し、お客様の了承を得ます。
点検では、端子の緩みや腐食、使用年数などを確認したうえで、バッテリーテスターを接続します。
使用するテスターによって点検方法は異なりますが、エンジン停止時の電圧、始動時の電圧降下、バッテリーの始動性能、充電系統などを確認します。
重要なのは、電圧だけで交換を判断しないことです。
単に充電が不足しているのか、バッテリーそのものが劣化しているのか、車両側の充電系統に問題があるのかを見極めなければなりません。
点検結果を説明すると、お客様から、
「まだエンジンがかかるから大丈夫」
と言われることもありました。
確かに、その時点でエンジンが始動していれば、すぐに交換する必要性を感じにくいかもしれません。
しかし、劣化が進んでいれば、出勤前や外出先で突然エンジンがかからなくなる可能性があります。その場合、救援や出張作業が必要になり、予定外の時間や費用がかかることもあります。
だからといって、不安をあおって交換を押し切るべきではありません。
測定結果、使用年数、現在の症状、交換した場合の費用、交換を見送った場合に考えられるリスクを説明し、最終的にはお客様に判断してもらいます。
交換を勧めることだけが整備士の仕事ではありません。
交換するメリットと見送る場合の注意点を伝え、お客様が納得して判断できる材料を示すことが大切だと考えています。

ここでは、私が当時どのようにバッテリーを提案していたのかを中心に話した。
バッテリー交換の必要性や点検方法、交換時期については、整子が別の記事で詳しく解説している。
点検で交換を勧められた方や、このまま使用してよいのか迷っている方は、こちらも確認してほしい。
タイヤは安全と売り上げの両面から重視されていた

当時の勤務先では、タイヤも重点的に販売を求められていた商品の一つでした。
タイヤは一度の交換で2本、または4本を購入していただくことが多く、商品代に加えて、交換工賃やホイールバランス調整、廃タイヤの処分費用なども発生します。
そのため、1件の販売が店舗の売り上げに与える影響も大きく、整備士にも積極的な提案が求められていました。
ただし、タイヤの利益率や販売方針は、メーカーや仕入数量、店舗の契約条件によって異なります。すべての整備工場やディーラーで、同じように販売を求められているわけではありません。
また、タイヤは車の「走る・曲がる・止まる」を支える重要な部品です。
摩耗したタイヤを使い続ければ、特に雨天時には排水性能が低下し、滑りやすくなる可能性があります。そのため、状態によっては整備士から交換を勧める必要があります。
問題は、交換を勧めること自体ではありません。
まだ使用できるタイヤを、売り上げのためだけに「危険だから今すぐ交換してください」と伝えることに問題があるのです。
タイヤ交換をどのように勧めていたのか
点検や車検で車を預かったとき、私はタイヤの残り溝や摩耗状態、ひび割れ、傷、空気圧などを確認していました。
残り溝は一か所だけでなく、タイヤの内側、中央、外側を確認します。
見える部分には溝が残っていても、空気圧やホイールアライメント、足回りの状態などによって、内側だけが大きく摩耗していることがあるからです。
スリップサインが現れる残り溝1.6mmは、タイヤの使用限度です。しかし、「1.6mmまでは何も心配せずに使用できる」という意味ではありません。
現在の残り溝だけでなく、月間の走行距離、雨の日や高速道路を走る機会、次回の点検時期なども考えなければなりません。
例えば、残り溝が使用限度には達していなくても、次の点検までに多くの距離を走るお客様であれば、早めの交換を提案することがあります。
一方、走行距離が少なく、すぐに使用限度へ達する可能性が低ければ、現時点では交換せず、経過を見る選択肢もあります。
お客様へ提案するときは、実際のタイヤを一緒に確認してもらいながら、
「現在の残り溝はこのくらいです」
「すぐに使用できなくなる状態ではありませんが、雨の日の性能を考えると、次回の点検までには交換を検討してください」
など、現在の状態と交換時期の目安を分けて説明することが大切です。
「車検に通らないから交換してください」と言えば、お客様にとって判断は簡単かもしれません。
しかし、まだ車検基準を満たしているタイヤまで、車検に通らないかのように説明して交換を迫れば、整備士への信用を失うことになります。

タイヤを売ることが目的ではない。現在の状態と使い続けるリスクを伝え、お客様が納得して判断できるようにすることが整備士の役割だと思う。

そうですね。
タイヤの交換時期は、残り溝だけで決まるものではありません。偏摩耗やひび割れ、傷、使用年数、走行状況まで確認し、お客様に判断材料を示す必要がありますね。

タイヤの状態を確認する方法や交換時期の目安については、私が次の記事で詳しく解説しています。
点検でタイヤ交換を勧められた方や、まだ使用できるのか迷っている方は、こちらも確認してみてください。
汚れを見せやすかったエアコンフィルター

続いて、整備士から交換を勧められることが多いのが、エアコンフィルターです。
交換時期の目安は、一般的に1年または走行距離1万km程度とされています。ただし、車種や製品、使用環境によって異なるため、車の取扱説明書やフィルターメーカーが指定する時期を確認する必要があります。
エアコンフィルターは、車外から取り込む空気や車内を循環する空気に含まれる、ほこりや花粉などを捕集する部品です。
多くの乗用車では、助手席側のグローブボックスを取り外した奥に設置されています。ただし、取付位置や取り外し方は車種によって異なります。
当時の勤務先では、点検時にエアコンフィルターを取り外して状態を確認し、汚れが目立つ場合は交換を見積書へ入れることがありました。
実際に取り外してみると、フィルターの隙間にほこりや枯れ葉、小さな虫の死骸などがたまっていることがあります。
このように状態を目で確認できるため、整備士にとっても交換理由を説明しやすく、お客様にも納得してもらいやすい部品でした。
ただし、エアコンを使用したときに臭いがするからといって、必ずエアコンフィルターが原因とは限りません。
フィルターの汚れや脱臭性能の低下が原因になることもありますが、空気を冷却するエバポレーターに付着した汚れやカビなどが臭いの原因になっている場合もあります。
そのため、臭いを理由にエアコンフィルターを交換しても、完全には改善しないことがあります。
交換を勧められたときは、使用期間だけで判断するのではなく、可能であれば取り外したフィルターの状態を見せてもらうとよいでしょう。
どの程度汚れているのか、風量や臭いに影響している可能性があるのか、今回交換する必要があるのかを確認したうえで判断できます。
整備士側も、「1年経過したから交換してください」と伝えるだけでなく、実際の状態と交換するメリットを説明することが大切です。

エアコンフィルターの役割や交換時期については、次の記事で詳しく解説しています。
効果を説明しづらかったオイル添加剤
整備士として販売を求められた商品のなかで、私が最も提案に困ったのがエンジンオイル添加剤でした。
オイル添加剤には、摩擦の低減、潤滑性能の補助、エンジンノイズやオイル漏れの抑制など、商品によってさまざまな目的があります。なかには、燃費の向上をうたう商品もありました。
しかし、バッテリーなら測定結果、タイヤなら残り溝、エアコンフィルターなら汚れを見せられますが、オイル添加剤は使用後の変化を示すことが難しい商品です。
お客様から、
「入れたら燃費はどれくらい良くなるの?」
「本当にエンジン音が静かになるの?」
と聞かれても、明確には答えられませんでした。
効果の感じ方は、車両の状態や走行距離、使用環境、商品の種類によって異なります。添加剤を入れれば、必ず効果を実感できるとは限りません。
しかも、高額な商品もあります。効果を保証できないまま、
「エンジンに良いので入れておきましょう」
と販売することには、私自身も抵抗がありました。
そのため、商品の目的だけでなく、効果には差があることや、通常のオイル交換とは別に選べる商品であることも説明するようにしていました。
売り上げのために良い部分だけを強調すれば、その場では売れても、お客様からの信用を失う可能性があります。
オイル添加剤の販売を通じて、私は「商品を提案すること」と「売りつけること」の違いを考えるようになりました。

添加剤を検討する前に、まずはメーカー指定に沿ってエンジンオイルを交換し、適切な量を保つことが基本ですね。

そのとおりだ。添加剤を入れれば、劣化したオイルや故障が元に戻るわけではないからな。

エンジンオイルを交換しない場合のリスクや交換時期、添加剤の役割については、こちらの記事で詳しく解説しています。
整備士から交換を勧められたら確認してほしいこと
販売目標があるからといって、整備士から勧められる部品が、すべて不要なものとは限りません。
バッテリーの劣化、タイヤの摩耗、エアコンフィルターの汚れなど、実際に交換した方がよい状態もあります。適切な提案であれば、故障や事故を防ぐことにもつながります。
一方で、交換の緊急性は部品の状態によって異なります。
交換を勧められたときは、次の点を確認してみてください。
- どのような点検結果だったのか
- 現在の部品を見せてもらえるか
- すぐに交換する必要があるのか
- 次回の点検まで使用できるのか
- 交換した場合の費用はいくらか
- 交換を見送ると、どのようなリスクがあるのか
理由を確認したうえで納得できれば交換し、緊急性が低く判断に迷う場合は、一度持ち帰って考えても構いません。ただし、安全に関わる状態を指摘された場合は、そのまま使用できるのかを整備士へ確認してください。

販売目標があることを知ると、整備士からの提案をすべて疑いたくなる人もいそうですね。

そうかもしれないな。
だが、整備士が部品の状態を確認し、必要な交換を提案すること自体は大切な仕事だ。問題なのは、販売数を優先して必要性や緊急性を正しく説明しなくなることだと思う。

「交換が必要です」だけでなく、理由や状態、見送った場合のリスクまで説明する必要がありますね。

そのとおりだ。
整備工場に売り上げは必要だが、お客様からの信用を失ってまで商品を売る意味はない。
六車ガレージでは無理な販売ノルマを設けず、すぐに必要な整備、しばらく様子を見られる整備、希望に応じて選べる商品を分けて説明していこう。

分かりました。売ることより、納得して選んでもらうことを大切にします。

それが、長く付き合ってもらえる整備工場の仕事だと思うよ。


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